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ドブ川の魚とこんにゃく。

その川はお世辞にも綺麗とは言えず…というよりも、『川』と呼ぶことすら気兼ねするほど。

言うなれば、ドブでした。

そこに小学2年生くらいの少年が居て、身の丈2倍以上のたいそうな竿を振りかざしているのです。

そのドブは、例えば川底に腕をついた時、ちょうど肘ほどの深さでさえ底が見えないくらい濁っています。

ア○ック洗剤の白濁水…プラスチックやビニールを浮輪がわりにフナムシが日光浴しているようなドブ川なのです。

『どうね?釣れてる?釣れてもココの魚は食べれんよ』

確かにドブ川にも魚はいました。
テラピアやボラのような淡水でも海水でも生きれる玄人種しかいませんが…

○タックまみれの水をエラに含んだ魚は食べれません。少年にそう優しく諭したつもりでしたが…

少年の返事は意外なものでした。

IMG_5352.JPG

『食べないよ、売るんだよ』

…?

食べれない魚と知りながら少年はせっせと釣り糸をドブ川に垂らしているのです。なぜ?

詳しく聞いてみると…

なんでも親戚のおじさんが水槽オタクらしく、20cm以上の魚であれば鑑賞用として買い取ってくれるとか。

魚 = 食べるモノ という考え。
普通はそうなります。

振り返ると、日々生きて行くなかで、そういった『決めつけ』はよくあると思います。

AだからBだろう…1の次は2だろう…
と、案外決めつけで人は行動します。その多くは当たり前という言葉で片付けられてしまい、それに反した場合、変わりモノというレッテルが貼られちゃったり。。。

少年は逞しくも普通なら目もくれないドブ川の魚に商機を見出しました。誰の目にも触れない場所にチャンスはあるもの。それが何なのかはなかなか分からないのだけど…。

僕は当たり前という言葉が好きじゃありません。誰一人として同じ人生を歩めないのに、 普通ならこうやってこうする…みたいな一方通行の標識を立てようとする。

こんにゃくのように柔軟な発想でモノゴトに向き合いたいです。

ドブ川の魚も実は凄いんだぞー、と声高に言えるような幅広い視点と好奇心を持ちながら毎日を過ごしたいなと思うんです。

小学2年生くらいの少年、あっぱれ!
そして、ありがとう。

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